REVIEW 『ある女優の不在』

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「なぜ私を巻き込んだの?」。ベーナズは彼女に会えたと無邪気に歓ぶマルズィエを一喝する。ベーナズにとってそれは、身に覚えのない“貰い事故”のようなものだ。少女マルズィエは本当に首を吊ったのか。


それにしてもマルズィエは、これまで一面識もないベーナズに、大学に進学して、女優になる自分の夢を、家族に説得して貰えると、どうして確信していたのだろう。その根拠のない自信に辟易するが、やがてその“真実”の実態を追究するマルズィエの暮らすイランとイラクの国境に近い山間の村での“移動”の様相が、パナヒらしいロードムーヴィーの醍醐味を孕んでゆく。


それはパナヒの興味の本質が、少女の行為よりも、なぜマルズィエにこのような行動を取らせることになったのか、その社会のありようにこそあるからだ。パナヒは動画以降のマルズィエを“雲隠れ”させる。彼女の家族も友人も、彼女の今の居場所を知らない。そんな彼女の不在によって、閉鎖された村での女性の生きづらさをたちまちにして浮き彫りにするパナヒの洞察はじっくりと腰が据わっている。


パナヒとベーナズを前に、村人たちは口々にマルズィエを“狂人”だと罵る。女優のことを“芸人”と嘲り、「村に芸人はいない」と侮蔑する者もいる。それはイスラム社会に根強く残る女性差別だ。女性が社会に進出するのは教えに反し、ましてや女優になるなど恥さらし以外の何ものでもない。「大学を許せば、次を言い出すぞ」。彼女の弟は、全身に怒りをたぎらせて吐き捨てる。辺境の村では、その偏見も猶更だろう。


一方で、村人たちはベーナズを歓迎する。彼らは自分たちがダブルスタンダードに生きていることに無自覚だ。自分たちの周囲にいたらとんでもなくとも、銀幕やテレビの向こう側は彼らには無害の別世界だ。彼らはベーナズを前に、彼女の出演しているドラマを観て、大いに興奮する。女優をけなす人間が、掌返しで女優を称賛するのだ。


そんな狭窄な世界で孤独に苛まれ、“狂気”に駆られたマルズィエが、藁にも縋る想いでベーナズに助けを求めたとして、誰が責められよう。それは彼女の生命賭けの反抗だ。死と引き換えといっても過言ではなかっただろう。そんな彼女の“本気”が、当初は怒り心頭だったベーナズの共感を誘い、私たちの同情と繋がって、二人の真情に想いを寄せていく。


多かれ少なかれ、イランの“自立した”女性は、マルズィエと同じような偏見や差別の時を耐えて、今に至っているのだろう。胸襟を開いて、悩みを打ち明ければ、彼女たちは同志だ。ただマルズィエは最初の第一歩が衝撃的すぎた。しかしそうでもしない限り、ベーナズが彼女を気にも留めないであろうことも、また事実だ。


そうして村には、社会から疎外された女性がもうひとり。かつての大女優シャールザードは、イラン革命後、政府から活動を禁止され、今は誰からも見棄てられたように、ひっそりと隠遁生活を送っている。村人たちは彼女を「惨めな人生」と揶揄するが、かつての栄光のプライドゆえだろうか、決して清貧の暮らしを嘆くことなく、誰にも迎合しない彼女に、私は揺るぎない孤高の気概を感じる。


きっとそんなシャールザードに親密さを感じたのだろう旧知の仲というマルズィエに誘われ、ベーナズと集った夜、シャールザードの侘しい家の窓から、ほのかな灯りと女たちの談笑がこぼれる。それを車の中で独り佇んでいるパナヒの清々しい表情が胸を打つ。演技を剥奪された大女優と外国への出国許可の下りない監督が、同じ銀幕上で顔を合わせることはない。ただ一定の距離を保ちつつ、彼らは互いの苦境を交錯させるのだ。


「映画人はみんな同じ」と今なお怒りの矛先を収めないというシャールザードは、翌朝、パナヒに一冊の本を託す。男性至上主義のイスラム社会と、創作の自由が許されないイランの映画界の抱える問題の根源は同じだ。彼女の詩は、イランの進むべき道を指し示す。そうしてパナヒは将来へ希望を託す。マルズィエの女優への夢が家族に“認められた”とき、家を出されるのは彼女を非難し、暴力的に振舞った弟のほうだ。


村を通る峠の一本道で車が鉢合わせしないよう、互いにクラクションで合図する。それは村人たちの気まぐれだとマルズィエは笑い飛ばすが、昨日、崖から転落し、「助からないなら早く楽にしてやったほうがいい」と重傷を負った牛が通せんぼしていたその道で、クラクションの返事を待つ間に、彼女は村から去るベーナズを追いかける。その静謐な余韻は、彼女の将来を暗示しない。しかし、3世代の女性たちの一夜の語らいは、少女の指針となるだろう。


「どんな逆境の中にも必ず希望はある」。そんな過酷な人生をパナヒも格闘しているのだ。ひび割れたフロントグラスの向こうに、マルズィエの真白なブルカが揺られる。それは夢多き青春の躍動だ。



3 Faces

2018年イラン映画

監督&出演=ジャファル・パナヒ

出演=ベーナズ・ジャファリ、マルズィエ・レザエイ

配給=キノフィルムズ

2019年12月13日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー


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