REVIEW 「黎明の風~侍ジェントルマン 白洲次郎の挑戦」 Part.4

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近藤文雄役の美郷真也は、前述のとおり、
美郷の宙組組長としての貢献が、そのまま叩き上げの
定年間近の外務事務官、近藤の役柄と重なり、それだけで感慨を誘う。
卒業の餞ともいうべき、白洲から情愛こもった言葉をかけられる一場は
嬉しい限りだが、老若男女(?)演じ分けられることのできる
芸達者のヴェテランの退団は、返す返すも惜しまれる。
白洲の後輩、打田友彦役の七帆ひかるは、
それほど目立つ場が与えられているわけではないが、
凛とした美貌と長身のスーツ姿が
白洲の意志を受け継ぐであろう政府高官を、
清潔感とともににじませ、持ち前のスター性を発揮した。
宮川喜一郎役の早霧せいなは、後の総理をモデルにしただけあって
“オイシイ”役といえるだろう。第11場「講話全権団出発」で
「トップに上り詰めるつもりなら、人気者ではダメだ」と
政治家として白洲からメッセージを受け取るシーンは印象に残り、
また第12場「サンフランシスコ講和条約」では、
和紙の巻紙を探しにサンフランシスコの街を駆けずり回ったであろう
新人外交官の情熱をコミカルに演じ、新進スターの意気を感じさせた。
サンフランシスコで真っ先に日の丸を見い出すのも宮川だ。
そのときの早霧のきらきらとした瞳も心に残る。
そして、“カントリー・ジェントルマン”白洲に対して、当初は懐疑的な目を向けながら、
動じることない白洲の度胸にいつしか感銘する武藤速太の風莉じんは、
第12場「日本独立」での膝落ちる嗚咽に、白眉の名演を見せた。
その直前の、第11場「羽田空港」で白洲=轟とコミカルなやりとりの残像がオーヴァーラップするだけに、
その落差に外交官、武藤の感慨がいっそう胸に迫り、感動を誘うのだろう。
学年に似合わぬ老獪な演技派だけに、その本領が遺憾なく発揮された武藤ははまり役といえる。
また、第2場「プロポーズ」での流しの男では、「東京行進曲」を飄々と聴かせ、懐深い芸達者ぶりを実証した。

副組長、寿つかさは、英国留学時代の白洲の友人、ロビン役で登場するが、
第4場「ロンドン大使館」で「カントリー・ジェントルマン」での気持ちの良いダンスを見せてくれるものの、
後半、ほとんど登場がないのは勿体ない。いささか配役の割りを喰った感ありか。
せめて戦後、白洲とロビンを再確認させるエピソードが欲しかった。
美風舞良は、東京ローズとしての“調略放送”では大げさに媚を振りまく言い回しで違和感を強調するのは、
いざ放送が終わるや、傍に控える憲兵に促されてうなだれるその落差に、
夫がアメリカ人の日系2世という彼女の置かれた環境の複雑さを際立たせるためだ。
チャイナドレスに身を包み、しっとりと「蘇州夜曲」を歌い上げる美風には、
戦時中の煽情的なローズの面影はまったくなく、しっとりとした大人の美声を聴かせた。
正子のアメリカ留学時のクラスメート、ポーラ役の花影アリスは、
しゃきしゃきしたヤンキー娘の快活さで、重厚な物語に華を添えた。
ほかに、熊澤天皇の夏大海は戦後日本の混乱の象徴として、
テレビャンコ将軍の天羽珠紀はソ連の抜け目のなさとして、
それぞれワンシーンのみの登場で異彩を放つが、エンディングで再登場、
セリ下がりの憂き目(?)に遭うのが微笑ましかった。
第6場「混乱」で登場する八雲美佳は、「すみれの花咲く頃」を酔っ払いながら唄って登場、
「もし、日本が勝っていれば、ギブ・ミー・すこんぶ、ギブ・ミー・炭酸せんべいと言わせたのに」と
愚痴るのは、当時の日本人の本音か。にもかわらず、MPに睨まれるや、
あっさり「ごめんなさい」と謝罪する小心者を共感たっぷりに演じて笑わせた。達者な人だ。
GHQの女性秘書、華凛もゆるは、第8場「マッカーサーの執務室」での
白洲とマッカーサーの緊迫感あふれる激論もまったく意に反さず、
仕事よりもお洒落に夢中のヤンキー娘をミニスカート姿から覗く美脚を強調して、
場をさらうぎりぎりの大胆な怪演だ。また、第10場「朝鮮戦争と神武景気」では、
背広の男、珠洲春希とビジネスガール、琴羽桜子の恋人同士のやりとりに、
男の浮気を窺わせる小芝居をアドリブで見せたのには、唸らされた。

戦後日本を振り返るとき、石田演出はショウの要素を織り込んでおり、
それが時代と場面をスムーズに移行させる効果を生んだ。
前述の風莉じんの「東京行進曲」のほか、第5場「近づく軍靴・遠のく平和」では
「月月火水木金金」を水兵に扮した春風弥里、鳳翔大、蓮水ゆうや、凪七瑠海の
新進若手が颯爽と唄いながら銀橋を渡り、「隣組」では鈴奈沙也が里村キクとして豪気に唄う合間に、
当時の社会背景をダイジェスト風に見せることで、
軍事政権下の非人間的な統制ぶりをさらりと描いた演出の、重苦しくならないセンスが良い。
また第9場「復興の兆し/カーテン前」では、愛花ちさき、すみれ乃麗、天咲千華、瀬音リサの
若手娘役が「リンゴの唄」で初々しいコーラスを聴かせ、
「東京ブギウギ」と「銀座カンカン娘」では音乃いづみがパワフルな歌声、
大海亜呼、鮎瀬美都、綾音らいら、舞姫あゆみのブギ&カンカンのダンサーが幕間の華やかさを振りまいた。
そして、第9場「将校クラブ」で東京ローズの唄う「蘇州夜曲」に耳を傾ける、
日本政府、そしてGHQの要人たちの国境を超えた穏やかな眼差しは、
この作品のヒューマニズムを象徴している。そこには中国人のアー・チュもいる。
戦争のない、平和の幸福。しかしそれも束の間にすぎない。朝鮮戦争の勃発だ。
世界には至るところに戦争の火種がくすぶっている。

とはいえ、石田は白洲に「疑いのない忠誠心は国家を滅ぼす、
行き過ぎた愛国心は他国の摩擦を引き起こす」と厳しい発言をさせた直後、
正子に「好きが過ぎるとバカになると言われていた」と笑わせるように、
ふたりが似たもの夫婦であることを印象づけるなど、緩急のバランスをつけた作劇に、
決して政治色を強調しない配慮が感じられる。史実と虚構の構成にも、かなり苦心したのだろう。
それが奏功したのか、いつもの下ネタの悪ふざけに逸脱することなく、大人のドラマとして堪能できる。
麻生家に嫁ぐことになった吉田和子への白洲の「男の子を生んだら“麻生太郎”だ」に、
吉田が「平凡な名前だ」と吐き捨てるのが、せいぜいだ。
そうして、白洲のマッカーサーへの土下座から、サンフランシスコ講和条約までのラスト20分は一気呵成だ。
日本人として、間違いなく心奪われる。泣かそうとするシーンは皆無なのに、自然と涙があふれる。
しかし、それは心地良い涙だ。
そして、フィナーレの「黎明の風」のスケールあふれるコーラス。
西村耕次の作曲が、清々しく胸に響き、自分が日本人であることに素直な誇りを抱くことのできる、
従来の宝塚の規範を超えた力作となった。

●DATA
作&演出=石田昌也
2008年4月4日~5月18日、東京宝塚劇場

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