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zoom RSS REVIEW 『残像』

<<   作成日時 : 2017/06/13 01:11   >>

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キャンバスに筆を入れようとした瞬間、部屋を深紅に染めるスターリンの旗を杖で引き裂くストゥシェミンスキはまさに反骨の人だ。一画家として権力におもねらないそんな信念を貫く一方、生徒たちとの野外スケッチで杖失くしては歩けない身体で丘を転がるという、自身の逆境を笑い飛ばすおおらかな逞しさを併せ持つからこそ、彼は生徒たちからも大きな信頼を寄せられるのだろう。

しかし「イデオロギーのない芸術は労働者の敵」を標榜する党は、“芸術家は卓越性”とその方針に叛旗を翻すストゥシェミンスキを名実ともに無き者にする、その手口の悪辣さ。党幹部は無情に言い放つ。「お前なぞ轢かれて死ねばいい」。それは彼を生きる世界から孤立させ、尊厳を奪い、芸術家としての功績を抹殺することだ。

当初、同僚教授は「歴史の中で風が吹いても、やがて収まる」と楽観視し、ストゥシェミンスキ自身も「生術も恋愛も自分で勝負するしかない」とうそぶくものの、生徒たちが開いた展覧会は秘密警察の手によって破壊され、彼の絵画も美術館から取り除かれてしまう。職は協会が許可した芸術家にしか与えられず、会員証がなければ絵具ひとつ買えない社会主義体制の理不尽に、彼は次第に生きる術を奪われてゆく。果たして、ひとたび党に逆らえば、座して死を待つしか道はないのか。

芸術を理解しない権力者が、才気に満ちた芸術家を断罪する。全体主義の横暴さは、彼らが抗したナチと変わらない。党の掲げる社会主義リアリズムに忠実に、プロパガンダの絵画を描くことで、実力とは不相応な地位や名声を獲得する者がいる一方、ストゥシェミンスキの絵画はカフェの壁に嵌め込まれたモザイク画さえ、躊躇なく剥ぎ取られる。そんな恩師の現状に憤懣やるかたない元教え子の中には、党の粛清から彼の作品を守るため、イスラエルへ運ぼうと訴えかける者もいる。

食うや食わずのストゥェミンスキが身分を偽ってありついた仕事が、共産党指導者の肖像画を描くとは皮肉極まりないが、その頃の彼にとっては絵筆を握るときだけは平穏な心のありようでいられるのだろう。彼は白い花を青い染料に染めて、「青い瞳が美しかった」妻の墓に供える。彫刻家であった元妻は彼との離別後、精神的に不安定になり、一人娘のニカを遺して失意のうちに命を落とした。ストゥシェミンスキが決して家庭的には模範的な夫でなかったことは、ニカの来訪中に、教え子ハンナの妻のように振る舞いに対して無頓着なことでも明らかだ。そんな二人の様相に、思春期の娘が心を傷つけるとは思ってもみないのだ。

しかし、肖像画を描く仕事もストゥシェミンスキの正体が明らかになると同時に失い、ハンナまでもが秘密警察にとらえられた。給与が貰えないと知ったメイドも手のひら返しの冷淡さで皿からスープを鍋に戻すが、その皿に残ったスープを舐め回すストゥシェミンスキには、かつての超然とした威厳は見る影もなく、容赦なく人間の尊厳を奪い取られてしまった。路上を行き交う人々は、そこにいきなり倒れ込んだ彼を酔っぱらいのように一瞥するのみで、心配気に救いの手を差し伸べるのは初老の女性ただ独りだ。かくも全体主義とは人から人間らしさを取りあげる。国家の前には一人の人間とはなんと無力な存在であることか。
「人は認識したものしか見ない」。時代は皮肉にもストゥシェミンスキの「視覚理論」の正しさを証明する。おぼつかない足取りで、ショウウィンドウの飾りつけのするストゥシェミンスキは、足場を失ってその中に倒れ込んでしまう。バラバラになったマネキンの部位に埋もれ、立ち上がることさえできないストゥシェミンスキは、まさにこの非情な社会で手足をもがれた木偶人形だ。もはや彼には、その苦境を笑い飛ばすだけの気力は残されていない。

「芸術とは発見だ」。ストゥシェミンスキに教えを乞うた若き美術学生たちは、ちょうどワイダ世代だ。党の脅しに屈し、一度はストゥシェミンスキを“裏切った”生徒の後悔の涙に、彼は再びその生徒を胸襟に迎え入れる。その変わることのない人間性あふれる誠実さは、生徒の心に永遠に生き続けるだろう。権力に迎合した芸術には、何の価値もない。時代に見棄てられたような両親の死を見届けた娘ニカの諦観を秘めた、しかし父親譲りの毅然とした涼やかな眼差しとともに、そんな理不尽な社会への怒りは、やがて来る“連帯”の時代の何ものにも代えがたい原動力になっていくのだ。ストゥシェミンスキの魂は、こうしてポーランド人の精神にいつまでも生き継がれる。


●DATA
Afterimage
2016年ポーランド映画
監督=アンジェイ・ワイダ
出演=ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチ、クシシュトフ・ピェチンスキ、ブロニスワヴァ・ザマホフスカ
配給=アルバトロス・フィルム
2017年6月10日より岩波ホールほかにてロードショー

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