REVIEW 「フランス映画祭2010」 『テルマ、ルイーズとシャンタル』

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人生は、映画のように恰好良くはいかない。
絶望に晒された女3人が、ラ・ロシェルの断崖で
『テルマ&ルイーズ』のように
車ごとここから飛び降りようかと額を突きあわせても、
そこに彼女たちを追う警官隊が存在しなくては
ナルシシズムが満たされないのも当然だ。
ガブリエル、リリー、そしてシャンタルの3人は、
一台の車に同乗して、青春時代の憧れの存在だった
フィリップの何度目かの結婚式に出席するため、
ブルゴーニュからラ・ロシェルまで旅をする。
その小旅行に、それぞれに憤懣を抱える生活が、
何か変わるかもしれないという一縷の希望を託しながら。
そしてそれは、百年の恋も一夜にして醒める、
痛烈な現実を彼女たちに突き付けるが、
結果的にそれが3人の生き方を一変させることになるのだ。
かつてガブリエルは、未婚のままフィリップとの間に娘をもうけるが、
彼女と歯科医師の浮気が原因で、破局を迎えた。
その娘エリサがフィリップの許で暮らしている反動か、
彼女の独り息子への“過保護”ぶりは、35歳の年下の愛人を呆れさせる程だ。
未だ女ざかりの美貌を保つガブリエルは、
胸の谷間をちらつかせるや恋のお相手には事欠かない情熱家だが、
ある日帰宅すると、寝室はもぬけのから。
壁一面に「あばずれ」と捨て台詞を残して、愛人は彼女の許を去ってしまっていた。
高校の英語教師のリリーは、長年連れ添った夫と別れた後も、
彼のことを思い落ち込む失意の人だ。
スーパーで再婚した“風俗関係”の女を連れた元夫と鉢合わせても、
強気に嫌味を吐くガブリエルの陰に隠れて、気の効いた会話のひとつできない。
ラ・ロシェルへの旅の途中、宿泊した安ホテルのベッド脇に置かれた電動歯ブラシが意味深だが、
高校生たちの下品な落書きにも顔を赤らめる彼女は、
離婚以来、男性体験はご無沙汰というのが、暗黙の了解になっている。
3人の中の唯一の既婚者シャンタルは、しかし夫は愛人の許に通い詰め、独り娘との関係も最悪。
愛犬を埋葬するお金もなく、冷凍庫に冷凍保存するというどん底生活だ。
食料品売り場の試食係という日常生活に我慢の限界の彼女は、
今は亡き姉の元夫フィリップから結婚式の招待状が届いたと嘘をついてガブリエルたちに同行するが、
何と愛犬の死体入りクーラーボックスを持参する素っ頓狂さだ。
姉の25歳の誕生パーティで、ロックのリズムに合わせて彼と踊ったことが忘れられない彼女の、
「今でも彼が好きかも」に呆れるふたりも、
脛に傷を持つ身だけに、必ずしも否定しきれない居心地の悪さが、ひととき車内を満たす。
ガブリエルがフィリップと付きあっている最中、
フィリップがシャンタルに色目を使っていたと聞かされ、
ガブリエルは嫉妬に駆られて路上でシャンタルに掴みかかる。
リリーはそんなふたりの仲介人のようにも見えて、
実はフィリップが実母を訪ねるたびに、彼女の家に泊まっていることを秘密にしていたのだ。
それを知ったガブリエルはまたも逆上、リリーをガソリンスタンドに置き去りにしようとするが、
そんな彼女もまた娘に豪勢な一軒家をプレゼントできる財力のあるフィリップに未練があるのだろう。
そして、シャンタルには乳癌との闘病という知られざる事実があった。
人生も折り返し地点をとうに過ぎれば、人に言えない悩みのひとつやふたつ、あるというものだ。
そんな彼女たちが、ガブリエルの我儘から高級レストランに入店したものの、
そのスノッブな“ヴェジタブル料理”の金額を見て、思わず食い逃げしようというとき、
車のナンバープレートをルージュで消し、ちゃっかりワインボトルは頂戴するというように、
いざというときに息がぴったりの役割分担を果たすのが可笑しい。
そんな爆笑の最中、リリーがレストランにバッグを忘れたと大騒ぎ、
突然、車がパンクしてしまうのは、いかにもシチュエーションコメディの安易さだが、
そこで3人は、モントリオールからネットで知り合った“恋人”を追って
マルセイユまで旅をするマチューに助けられる。
その“恋人”が男性であることを知るや、途端に興味を無くすガブリエルに対し、
ネット頼りで渡仏した軽率さに不安を抱く彼を、シャンタルはおおらかな母性で慰める。
愛を求める人間は、愛を与えることにも飢えているのかもしれない。
彼女たちの現実と理想の落差を、監督のブノワ・ペトレは
いささかドタバタのきらいが過ぎるエピソードよりも、
音楽に彩られた台詞を排した映像の裡に綴るのが印象的だ。
たとえば、もぬけの空になった寝室を見つめるガブリエルの視線は
最初、眼前の光景を理解できないかのように、焦点が定まっていない。
その数秒間の後、現状を理解したとき、彼女の視線はピントが合う。
川の向こう岸でキャンプする家族団欒を見つめるリリーの映像は、
まるでその幸福が永遠に続くかのようなスローモーションだ。
夜な夜な、若者たちが集うディスコに独り繰り出したガブリエルは、
若者たちの奔放なセックスとは裏腹な自らの老いを噛み締める。
もはや無謀なから騒ぎが彼女の虚無を埋めることはできない。
時の移ろいの残酷さは、気だるい現代的なアレンジで聴かせる「アイドルを探せ」といった、
彼女たちの青春時代に大ヒットしたシャンソンにも仮託される。
車中で往年のヒット曲を合唱する彼女たちの脇を、
3人の美しい娘を乗せたオープンカーが、若さを誇らしげに振りまきながら、追い抜いてゆく。
そんな珍道中を重ねて、ようやくラ・ロシェルに到着した彼女たちが確認した花嫁ターシャは、
学生時代のいじめられっ子ジョスリンだった。
まるで積年の恨みを果たすかのように、リリーのドレスにワインを引っかけるターシャは、
つまらない醜い女性だが、そんな彼女と再婚するフィリップもまた
所詮その程度の俗物であることを知らぬは彼女3人だけだ。
結果的に、フィリップに“二股をかけられ”、呆然と海岸に佇むリリーは、
見知らぬ青年と煙草をくゆらしながら話し込み、
思わず彼と同じ年頃の息子がゲイであることの苦悩を打ち明ける。「もし彼が異性愛者だったら」。
そんなとき、いきなり彼から唇を奪われたリリーは、彼に平手打ちを喰らわせ、立ち去ってゆく。
そして入れ替わりに現れたガブリエルが、青年を“味見”するが、
実は彼はガブリエルの知らないフィリップの息子だった。
浮気をしていたのは、彼女だけではなかったのだ。
そして、フィリップは、シャンタルのことを思い出すこともできなかった。
現実とはこんなものだ。こんな男の幻影に、彼女たちは囚われていたのだ。
3人はそれぞれ、文字通りキツイ一撃を彼にお見舞いして、式場から去っていく。
こうして彼女たちを待ついつもの日常生活に変化の予感となるのが、
シャンタルに届いたマチューからのメールだ。
そこには恋人と仲睦まじそうに映る彼の姿があった。
思わず号泣するシャンタルの中で、何かがはじけたのだろう。
冒険なくして、閉塞的な環境を打破することはできない。
ペトレは、そんな3人の帰郷後の新生活を、
台詞のない音楽だけの原色豊かな映像で幻想的にスケッチする。
ガブリエルの古いドレスは焼き払われ、シャンタルは結婚指輪を投げ捨て、
これまでにないセクシーな下着を履いて、なまめかしく腰を振るリリーは、
彼女に好奇心たっぷりの眼差しを注いでいた隣人の扉を叩くのだ。
シチュエーションコメディとはいえ、山中に埋めたはずのシャンタルの愛犬が、
彼女の未練でラ・ロシェルまで運ばれながらも、あっさりゴミ収集箱に捨てられたり、
エリサの夫で、全裸で室内をうろつくニコラのアーティストのエキセントリックさ、
あるいはガブリエルがエリサに思わずこぼした、リリーへの「鬱陶しい」発言が、
それを秘かに聞いていたリリーの心を落ち込ませたことなどのエピソードが
雑に扱われるのは興を削ぎ、あけすけな女たちのセックストークも、時に露悪が勝る。
マチューに刺激されたたとはいえ、シャンタルがテレビのサヴァイヴァルゲームに出場して、
恋の最終切符を手に入れるオチもピンと響かないというように、
仏・中年版「セックス&ザ・シティ」は熟年3女優の楽しげな共演はあれど、
散発の面白さに終始し、私には不発に感じられた。
なお、フィリップの母親役で懐かしのミシュリーヌ・プレールが出演、
健在ぶりを示したのは思いがけない歓びだった。

●DATA
Thelma, Louise et Chantal
2009年ドイツ=フランス映画
監督=ブノワ・ペトレ
出演=ジェーン・バーキン、カロリーヌ・セリエ、カトリーヌ・ジャコブ、ティエリー・レルミット

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