REVIEW 「第32回東京国際映画祭」アジアの未来 『エウォル~風にのせて』

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チェジュ島のカフェのオーナーはソウォルに言う。「欲張るな、食っていければいい」。競争社会に倦み病んだ都会人にとって、青く広い空と果てしなく続く海に囲まれた島の生活は、本来の自分自身を取り戻す癒しの空間となり、その実感は観る者の胸にもじわり沁み渡っていく。

ソウォルは彼女を訪ねてエウォルまでやって来たチョルを、「こんないい店が他にある?」と埠頭に招く。そしてふたりは、その場で採れたばかりの魚介類をつまみに酒を呑むのだ。そんな贅沢が都会で味わえるはずもなく、しかし村人にとって漁や釣りは、決して特別ではなく、生活に深く密着した生きる糧だ。ただし、船酔いする漁師にとっては地獄に他ならないが。

ライヴハウスの廃業で、チョルはバンド活動を休業する。「君が心配で来たんだな」。島の人々はチョルの本音を知っている。そしてそれはソウォルも。しかし、彼は本音を決してソウォルに告げることはない。亡き親友の誕生日に、「あいつは君と出逢う前に俺の親友だった」とともに奥ゆかしく偲ぶだけだ。

「独り占めにするのはもったいない、この手紙が届いたら3人で見よう」。親友との約束を実行するべく、チョルはチェジュ島への一人旅に出る。恋人の事故死を想起したソウォルが、チョルのバイクの鍵を“隠す”ことで、それは必然的に徒歩となるが、時に追われることのない旅の同伴者は親友の想い出だ。そんなデリケートな詩情が、壊れやすく繊細な心情を穏やかに映し出す監督パク・チョルの感性そのものだ。

“青い灯台”は3人の青春の象徴だ。見果てぬ夢であり、手に掴めそうで掴み切れなかった理想だ。チョルはソウォルに告げる。「忘れろ、自分の人生を生きるんだ」。いや、忘れる必要などない。3年前に亡くなった親友の手紙が、時を経て今、チョルの手許に届けられる。

彼らは過去とともに人生を“見棄てた”わけではない。ソウォルがこの地で町の人々から愛され、新たな生きる意義を見い出したように、亡き人は静かにそれぞれの胸中に想い留めつつ、前を向き続けていけばいいのだ。


●DATA
Aewol - Written on the Wind
2019年韓国映画
監督=バク・チョル
出演=イ・チョニ、キム・ヘナ、パク・チョルミン

2019年10月28日~11月5日開催

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