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zoom RSS REVIEW 『妻の貌』

<<   作成日時 : 2009/07/19 22:24   >>

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8ミリフィルムからデジタルビデオへと移りゆく時代を、
原爆症と診断された妻、キヨ子の闘病を
一貫して追い続ける夫、川本昭人監督の眼差しが、
そのまま50年に及ぶ家族の丹念な記録となるのが、
歳月を重ねた個人映画ならではの醍醐味だ。
あるいつもの日常生活の中で、
キャメラに虚ろな表情を向けたキヨ子は、こう呟く。
「私の人生を返してちょうだい」。
思わず口を衝くキヨ子の無念が、
その何気なさゆえにいっそう観る者の心を鋭く抉るが、
それは被爆者の偽らざる率直な本音だ。
川本はそんな妻をただ凝視し、映像に収め続ける。
それが川本夫妻にとって唯一無二の会話の手段となるのだ。
映画は、定期健診のため病院を訪ねたキヨ子が、
身体中にガラス片が刺さった別の被爆者と闘病を語りあうエピソードを挿入し、
被爆者の現在を伝える一方で、
キャメラの映し撮る歳月が重なり、深みを増すにつれ、
観る者の胸に屹立するのは、かけがえのないひとの生命の重みだ。
被爆の影響による虚脱と倦怠がまとわりつくキヨ子の闘病は、
他ならぬ家族こそが痛感しているに違いない。
次男の康は幼き頃、七夕の短冊に母の健康を願い、
孫娘は原爆をテーマにした絵画に「もう二度と繰り返したくない」と明記する。
寝たきりとなった姑を二十余年に渡って介護し続けるキヨ子を、
川本は「病人が病人の世話をする」と自虐的に笑うが、
古い造り酒屋のことだ、当時の嫁姑関係は
平和な日々のほうが少なかっただろう。
実際、川本がキャメラ越しに「いじめられたのに?」と
妻に話しかけることでも裏づけるとおり、
そんな辛酸の日々を乗り越えて今、姑から寄せられる二心ない感謝の言葉に、
キヨ子は「私を頼りにしてくれる人」と涙する。
明日をも知れない生命の儚さとともに生きる彼女にとって、
姑の介護という重責が生きる支えとなったのだ。
「私に優しいことを言ってくれるのは、おばあちゃんだけ」。
そして、そんなキヨ子の周りには、嫁や孫娘たちが自然と寄り添い、
彼女たちは何ものにも代え難い命の営みを目の当たりにする。
姑の死後、キヨ子は姑の手作りのちゃんちゃんこにアイロンをかける。
まるで過ぎ去りし女ふたりの歳月を愛しむかのように。
かつて我が子の中学入学に、
我知らず原爆で命を落とした弟の成長を重ね見て胸を痛めたキヨ子が、
孫娘が成人式の晴れ着を身にまとったとき、
彼女の将来を少しでも長く見たいと願う。「生きたい」。
そのあまりにも当たり前の切ない願望の向こうに、
キヨ子のあの言葉が甦る。「私の人生を返してちょうだい」
家事に勤しむ妻を手伝うことなく、ひたすらキャメラを回し続ける川本に、
キヨ子が「お父さんは自分の作品のことばかり」と愚痴をこぼすとき、
彼もまた昭和の男だと、思わず苦笑してしまう。
お盆を間近に控え、仏具を磨く妻は、そんな夫に漏らす。
「私が死んだら、(これを)お父さんがしてくれる?」。
その重い言葉の奥底に潜む彼女自身の死の覚悟。
それを察しつつも、川本はやはりたじろぐことなく妻にキャメラを向け続ける。
こうやって夫妻は、キャメラ越しに
これまでもさまざまな人生を語りあって来たのだろう。
何よりそれが夫妻の歴史であり、まごうことなき妻の生きた証となるのだ。

●DATA
『妻の貌』
2008年日本映画
監督=川本昭人
ドキュメンタリー映画
配給=『妻の貌』上映委員会
2009年7月25日よりユーロスペースほかにてロードショー

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