ENTER THE REVIEW

アクセスカウンタ

zoom RSS REVIEW 「第19回東京国際映画祭」アジアの風 Part.1

<<   作成日時 : 2006/11/22 23:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
『私たちがまた恋に落ちる前に』
『愛は一切に勝つ』『鳥屋』(写真)

『私たちがまた恋に落ちる前に』
ユエの失踪は、否応なしにふたりの男たちに
自分自身とユエとの過去について追想させることになる。
太い眉の夫チェン、への字口の愛人トン。
ふたりの男の外見は明らかに違うのに、眼鏡をかけた佇まいや、
遠景から受ける姿かたちの印象は、不思議と似通って見える。
それを証明するように、ふたりの男は時と場所を異なり、同じ行動をとる。
たとえば、彼女の歯の磨き方が下手なことを指摘する。
あるいは、トンはホテルのアメニティグッズを探り、
チェンは彼女の浴室道具に触れる。
そうして、ふたりはラストでユエが彼らに宛てて認められたであろう
手紙を屋上で焼き捨てる。その内容は、
とても“愛させて貢がせる”ようには思えない異質な“第3の男”への
手紙の内容ともども、明らかにされない。
ユエがバンコクへ出張した日、彼女に電話する夫の姿と、
それを受けた妻の背後でトンが出かける支度をしている光景が、
フラッシュバックで重なりあうぐらいで、ふたりに接点はまったくないにもかかわらず、
ひとりの女を間に挟んだふたりの男は、明らかにある種の相似形を思わせるのが興味深い。
もしやふたりの男は、実は別々に生まれ落ちたひとりの男のような倒錯的な妄想も膨らむ。
ジェイムズ・リー監督は、モノクロのビデオ画面によって穏やかに、
慎ましく彼らの愛のたゆたいを見つめる。
「私が愛さなくなっても、私を愛してくれる」とユエはトンに尋ねる。
これは、“愛”と“恋”をめぐる永遠には続かない物語なのだ。
映画は決して女のゆくえを追おうとはしないし、その正体を明らかにもしない。
もはや、生きているのか、死んでいるのかさえ判然としない。
「映画は映画館で観るために作られたもの、テレビで観たら映画ではなくなる」と
哲学めくユエの私生活は、夫と愛人が鉢合わせしても、
二重生活の謎を深めるだけで、その喪失の重みは宙に浮いたままだ。
寄り添ってにこやかにチェンを迎え入れる旅行代理店、
常連客のトンにフランスワインをプレゼントする“メキシコホテル”の支配人、
洗濯機の容量にこだわる電気店販売員といったコミカルな登場人物が、
ミニマムに綴られる物語の大らかなアクセントなる一方で、
娼婦と思しき逃亡する女、台湾人に向かって丁寧な日本語でまくし立てる
ヤクザの部下というように、こちらも謎は謎のままだ。
ただ、彼女が迷子になって可哀想だから拾ったと、チュンに話した犬が、
トンからのプレゼントではないということだけは、明らかだ。

●DATA
Before We Fall in Love Again
2006年マレーシア映画
監督=ジェイムズ・リー
出演=ピート・テオ、エイミー・レン、チャイ・チーキョン


『愛は一切に勝つ』
赤いほっぺをしたヒロインの変容。いったいアーピンはどれほど長距離バスに揺られたのだろう。
オープニング、バスの座席に身を委ね、風景を見るでもなく、空ろな視線のまま無表情のアーピンを、
監督のタン・チュイムイは長回しキャメラで延々と捉える。
隣の老人から席を替わってほしいと言われて、ふと正気に戻るアーピンは、
どこにでも存在するいたって平凡な少女の印象だ。
クラアルンプールの町で叔母の経営する食堂で働き、彼女の娘とも触れあうアーピンだが、
単調な生活の中で、彼女の物哀しげな表情は変化しない。
そんな彼女にジョンが目を付けたのは愛だったのか、それとも端から彼女を騙すつもりだったのか。
長距離電話で故郷に残した家族と会話しているアーピンは、
ジョンの目に格好のカモと映っても、何の不思議もない。
もしかすると、アーピンの言う“恋人”も本当に存在するのかどうか、定かではない。
ただ、孤独なアーピンがどこに行っても、その視界の隅にジョンが存在し、
いつしかそれを面白がっているアーピンがいる。
ジョンはアーピンにとって、心を許せる人のいないこの町で、唯一“笑顔”を誘う人物だ。
ジョンが作った蟹のすり身と無造作に刻まれた野菜入りのラーメンを、アーピンは残さず平らげる。
そんなアーピンが処女を失った翌朝、雨が降るのだ。
それは、アーピンの未来がけっして順調には進まないことの暗示だという予感は的中する。
借金を抱えたジョンが失踪し、彼女は身体を売るが、ジョンが現われることはない。
露天でアーピンと買い物をするジョンが幻のように現われ、出逢いの光景と皮肉にシンクロする。
女がひとりで生きていくとき、ひとたび身を持ち崩すや、お定まりの転落コースを辿るのは明らかだ。
劇中、叔母と娘の母子のごく当たり前の日常風景が挿入され、その平凡さに母子の関係を象る。
ふたりが配達用のバイクに二人乗りになって町を往くラストシーンの長回しは、
母子は日々を慈しんで生きていることを微笑ましく伝える。
果たして、アーピンのほっぺは今も赤いままだろうか。

●DATA
Love Conquers All
2006年オランダ=マレーシア映画
監督=タン・チュイムイ
出演=コーラル・オン・リ・ウェイ、スティーヴン・チュア・ジー・シャン


『鳥屋』
オープニング、渋滞で立ち往生するタクシーの原色がひと際眼を引く。
それに買い忘れた土産とともにそれに乗り込んだ長男キートは、
マレーシアの伝統的な中国系社会の中で、いかにも浮いている。
都会でバブルに浮かれるサラリーマン生活をする彼は、
土産の乾燥させた「ツバメの巣」を父親に手渡し、熱湯で溶かしたスープを作るよう勧める。
一方、何をやっても長続きしない弟フアは、この家でツバメを育てて、
「ツバメの巣」で一儲けしようと企んでいる。
顔をあわせれば喧嘩で、なるほど考え方も生き方も対照的なふたりだが、
考えていることはそんなにかけ離れてはいないところはさすが兄弟だ。
キートは都会のエリートを鼻にかけ、フアはそんな兄を何とか見返そうと躍起になっている。
実は、兄も決して順調なサラリーマン生活とは言いがたく、
どうやら先行きの不安から、この家でアンティーク店を経営する算段を着々と進めているようだ。
怠け者で賭事に明け暮れる道楽三昧のフアは、肝心のツバメを飼育には、
このマラッカの様式美を備えた家の改修をしなくてはならないが、その資金にも事欠く有様だ。
そしてそのことを誰にも話せない。それは同時に無口な父と対峙することになるからだ。
路地の片隅のこの家の軒先で、まったく生徒が姿を見せない自動車教習所を経営している
マレー人の男がユニークだ。彼は、当初キートを入学希望者だと喜ぶが、
結局、糠喜びしてしまう。またフアとの関係も良好とは言えず、
蛍光灯の交換もままならないが、なぜかここから出て行かない彼の存在が、
閉塞的な一家の生活にアクセント的な彩を加えている。
幾つかの部屋が連なり、その中央には炊事場が広がる家屋で、
兄は弟のテレビゲームの音を煩がり、弟の部屋の扉を閉めるが、
その弟は兄の携帯電話の会話に苛立ち、兄の部屋の扉を閉める。
あるいは、弟の部屋にはコウモリが飛び込み、彼を煩わせるが、
孤独な兄の部屋にはいつしかメイドが忍び込んでいる。
そのシンクロニシティの妙に、憎みあっても断ち切ることのできない兄弟の絆が浮かぶ。
無口な父は、兄弟がいかに口論し、仲違いしようとも、顔色ひとつ変えず、泰然としている。
料理を嗜み、老いたとはいえ、実はメイドなど必要ないほどかくしゃくとしている。
自分の進むべき将来に道筋を付けられず、実家を“食いもの”にしようとしている兄弟より
余程、思考はクリアな老父に、人生の渋みが滲む。まるで兄弟がいかに策を弄しようとも、
決してそれらが実現することはないと見通しているかのような達観ぶりだ。
その一方で、見知らぬ外国人観光客をにこやかに迎え、
朴訥ながらも、一家の暮らしぶりに興味津々のカップルに精一杯のお愛想を振りまく。
その父が、キートと家政婦の情事を目撃するや、
きっぱりと毅然とした態度を取る、そのクー・エンヨウ監督の演出手際が鮮やかだ。
案の定、会社は倒産し、待つもののない都会へ、キートはすごすごと去ってゆく。
一家のルーツである廃坑となった鉱山の我が家で、キートが今は亡き母と再会するラストの夢幻が、
それまで貫いたリアリズムと絶妙のコントラストを成す。
大陸から鉱山労働者としてマレーシアにやってきた彼らの祖先は、
閉山後、この地に移り住み、このマラッカ様式の家屋に着々と歴史をはぐくんだ。
ツバメは親子が肩を寄せあって暮らした巣に、季節を越えて毎年、帰巣する本能を持つ。
果たして、この兄弟に安寧の帰郷のときは訪れるのだろうか。
マレーシアの新鋭監督は、洞察深い眼差しによって、
伝統を受け継ぐ華僑の末裔たちの混乱を、皮肉たっぷりに抉り出すのだ。

●DATA
The Bird House
2006年マレーシア映画
監督=クー・エンヨウ
出演=リー・キアリー、ロー・ボクライ、リン・エンベン

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
REVIEW 「第19回東京国際映画祭」アジアの風 Part.1 ENTER THE REVIEW/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる