ENTER THE REVIEW

アクセスカウンタ

zoom RSS REVIEW 『ブランカとギター弾き』

<<   作成日時 : 2017/06/18 22:41   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
「触れたもの、感じたことが夢に出てくる」。盲目のピーターのその言葉に、ブランカは彼の手を自分の頬に触れさせる。「これで私も夢で見られるわ」。この少女の何という清らかな優しさ。マニラのストリートで、生き馬の眼を抜くように暮らすブランカの心には、世知辛い世俗の毒に染まりきらない素直さがまだ息づいている。彼女がいつ何時もボロボロになった絵本を手放さないのは、その表れだ

しかし、そんなブランカの邪気の無さが、テレビで有名女優が孤児を養子に引き取ったニュースを目撃したとき、ざわめく。それまで彼女とそう変わらない境遇に置かれていたはずのその少女が“新しい母親”の腕に抱かれて浮かべる笑顔に、嫉妬を覚えずにいられなかったとしても不思議はない。そしてブランカは、「母親を3万ペソで買います」とチラシを作り、街角に貼りつける“暴挙”に出るのだ。

しかし、ブランカが本気で“買いたい”と願ったのは母親ではあるまい。それは誰かの無償の愛だ。彼女は抗う。「大人は子供を買っているのに、どうして子供は大人を買っちゃいけないの?」。これまで誰からも愛情を与えられず育ったブランカには、それが金では引き換えられないものとは、まだ理解できないのだ。

ブランカがピーターの演奏を初めて聞いた翌日、彼女はピーターが本当に盲目なのか確かめるつもりで、演奏の謝礼箱から小銭を盗もうとする。そのとき、ピーターは怒りもなく、「どうしたんだ、昨日はくれたのに。明日の朝食代は残しておいてくれよ」と穏やかに語りかける。その思いもかけないピーターのおおらかさに、ブランカは魅了されたのだろう。そのとき、スリで小銭を稼ぎ、仲間を出し抜いてまで稼いだお金をマリア像の足許に埋めた小箱に溜め込んでいたブランカは、仲間たちにダンボールで建てた我が家を叩き壊されたばかりだった。それは仲間を裏切った彼女の自業自得とはいえ、まったく明日の見えない閉塞感が立ちふさがる現実に絶望していたのだ。

ブランカはそんなピーターをトラックの荷台に押し込んで、数日間の約束で街に連れ出す。日銭を稼ぐため、広場でギターを弾くピーターに応じるブランカの歌声は最初、蚊の鳴くような小さな声だ。ところが、ピーターに促され、次第に大きな声で歌うにつれ、その伸びやかな美声は周囲の注目を集める。

その盛況ぶりが認められたふたりは、クラブのマネージャーにスカウトされる。居並ぶ客たちを前にして緊張するブランカを、ピーターは励ます。「広場だと思うんだ。歌手として生きていけるチャンスだよ」。晴れて拍手喝采を浴びて、クラブの一室で身を落ち着けることになったブランカはピーターに感謝を漏らす。「こんな部屋で眠らせてくれてありがとう」。これまで気の休まる瞬間とは無縁の路上暮らしだったブランカが掴んだ、ピーターとひとつのベッドで並んで横になれる安らぎが胸を打つが、それは “金の力”が与えたものでは決してない。ピーターのブランカへの信頼だ。彼は忠告する。「このまま歌い続ければ、ずっとこんな部屋で眠れるよ」

それはセバスチャンも同様だ。彼が、ストリートギャングとして暗躍する“兄貴分”のラウルを“裏切り”、ブランカのためピーターを探し回るのも、他ならぬ彼女のことを“姉ちゃん”のように思うからだ。悪事に手を染めて生き抜くセバスチャンに対して、盗みをしないと宣言したブランカの誇りのような気概に、見失った純粋さを甦らせたのだろう。それを愛情で示すセバスチャンとは対照的に、ラウルは敵愾心でブランカに向かってしまう。しかし、このふたりのブランカに対する感情の根源は同じだ。憧れだ。

しかし、世の中はピーターやセバスチャンのように、心優しき者ばかりではない。ブランカの成功を妬むクラブのマネージャーや、「母を買う」というブランカに甘言を弄して近づいてくる中年女性のように、ブランカの“弱さ”に付け込んで、私欲をむさぼろうとする人間もいる。前者はクラブの金を横領したのをブランカたちのせいにしてふたりをまんまとクラブから追い出し、後者はピーターを喧嘩別れしたブランカを売春まがいの組織に売りつけて、少女娼婦に仕立て上げようとする。

しかし、そんな悪辣な者ばかりが跋扈してはいないのも、世間だ。路上に立つ女装娼婦のひとりは、わざわざブランカのゆくえを探すピーターの手を引いて、最後に彼女を目撃した場所まで連れてゆく。それは、彼女もまた非情な世界で辛酸を舐めてきたがゆえの“お節介”に違いない。

「鶏は空を飛ぶ」奇跡が、ブランカとピーターを再び結びつける。もはやブランカには“母親”は必要ない。今の彼女には、“金では買えない”かけがえのないものが、すぐ傍に存在していることを確信している。そんなブランカの静かな涙と笑顔で幕となる潔さもいい。

監督の長谷井宏紀が切り撮るマニラの裏街には、あたかも監督自身が親しみを寄せる優しく暖かな共感が広がっている。その誠実な眼差しは、寓話さながらの少女の逞しい成長にある種のリアリティを添え、それを「サンパギータ」のギター演奏が詩情豊かに祝福する。きっと長谷井監督は人間誰もの心に潜む聖なる力を信じているのだろう。


●DATA
Blanka
2015年イタリア=フィリピン=日本映画
監督=長谷井宏紀
出演=サイデル・ガブテロ、ピータ・ミラリ、ジョマル・ビスヨ
配給=トランスフォーマー
2017年7月よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
REVIEW 『ブランカとギター弾き』  ENTER THE REVIEW/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる