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zoom RSS REVIEW 「EUフィルムデーズ 2017」 『エディットをさがして』

<<   作成日時 : 2017/06/28 22:57   >>

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女性写真家として1930年代のイギリスで活躍したエディット・デューダー・ハート。その彼女の死後、実は冷戦時代、KGBのスパイだったことが明らかになる。親族の誰一人として知らなかったその“二重生活”を、彼女の従甥であるユンク監督が、当時のドキュメンタリー、エディットを知る人物へのインタヴュー、そして当時を再現したアニメーションで辿るが、時代を追ったそれらは断片的にしかすぎず、それも証言者の立場によって相反する。そして何より、スパイ活動の真相の壁として立ちはだかるのは、今の世も変わらぬ旧KGBの秘密主義だ。

興味深いのは、第一次世界大戦後、ロシア革命、世界恐慌、そしてヒトラーの台頭という激動の時代において、“スターリンかヒトラーか”の選択を迫られたとき、ユダヤ人である彼女がスターリンを選んだのは、避けられなかった運命だ。

「あの時代を生きた人しか彼女の評価はできない」と歴史学者は言う。エディットが“世界の幸せのため”と共産主義に傾倒していったのも、そんなファシズムの波と切り離して考えることはできないだろう。若い頃から「男女同権」を標榜し、実家と折りあいが悪く、モンテッソーリの幼稚園で働いた彼女が自立を志すとき、幾つもの生きづらい社会差別に直面したことは、想像に難くない。それはその当時の彼女が、ファインダー越しに覗く、貧しい子供たちをとらえた素朴な眼差しからも感じ取ることができる。

そんなエディットの胸中で、ローライフレックスの“実験”とスパイ活動が共存するのは、出逢った男たちの影響と切り離して考えることはできないように、私には思える。彼女は生涯を通して、実に恋多き女性だ。不倫、略奪、そして一方的な離別と、エディットの人生は男たちに翻弄され、そのたびごとに新たな“ステージ”に足を踏み入れていったといっても過言ではない。

エディットにスパイ活動の道を切り開いたドイチュの“教育”、実の息子から「役に立たない男」と一刀両断された外科医との生活も、彼のスペイン独立戦争での医療活動のため破綻を迎える。その傍ら、“ケンブリッジ・ファイブ”の生みの親としてスパイ活動に暗躍するのは、あたかも満たされない私生活の空虚さを埋めるためというのは、メロドラマにすぎるだろうか。いや、自閉症の一人息子の治療のために、診断を受けた医師ウィニコットと不倫の恋におちるなど、彼女の生き方はまさに“小説よりも奇なり”なのだ。

元KGBは、エディットたち“原爆スパイ”は“過小評価”されていると語る。彼女たちのスパイ活動によって、「冷戦」は「熱戦」にエスカレートしなかったのだ。もし、ソ連に原爆がなかったら、韓国やあるいは中国にも原爆が落とされていたかもしれない、と。しかし、KGBの文書が明らかにされない限り、その証言にも虚しさがつきまとう。たとえ正当な理由があったとしても、それを公にできない限り、彼らの反社会的な活動を擁護することはできないからだ。

しかし、エディットが“徴募”した二重スパイ、キム・フィルビーの捜査をめぐり、MI6からの執拗な接近に、やがて彼女は精神に異常を期してしまう。あるいは息子の症状も然り、それは遺伝的な素養があったのかもしれないが、それは推測の気を出ない。息子がマーク・ロブスンの黒人霊歌を愛唱していたという親戚の証言は、なんとも不気味で物悲しい回想だが、映画は当然のようにそのことに深入りするのを回避する。それが私のいらぬ疑念を掻き立てる。

政府機関の捜査を恐れたエディットは、そのとき自らの手で自身が撮り続けた写真のネガを焼却してしまった。スパイ活動の痕跡と引き換えに、写真家としての業績をも闇に葬ってしまったというわけだ。この頃、“ケンブリッジ・ファイブ”のメンバーが「世捨て人ように見えた」との証言のように、エディットもブライトンに隠遁し、骨董屋を経営し、そして晩年はホスピスで生命を閉じた。息子も精神病院で人生を全うした。母と子の記憶に遺されたのは、幼少時代の息子を映した幸福だった頃の写真のみだ。

エディットは生涯、ソ連を訪れたことはなかったという。「共産主義の平等と友愛、国際主義には何の根拠もなかった」。今になっては明白な、そんな理想の裡の空疎さを、晩年の彼女がどのように受け止めるかは神のみぞ知るが、当時を生きた彼女たちの人生の選択は、今よりもずっと限られたものだったのは間違いない。そしてエディットたち、当時の諜報員たちの多くがソ連解体もベルリンの壁崩壊も、目撃することなく生命を終えたことは、彼らにとっては幸いだったのかもしれない。

今、私たちの胸に留まるのは、時代に翻弄された政治活動よりも、エディットが撮り遺した美しく無垢なモノクロームの写真の数々だ。写真芸術の揺籃期、時代の先端を走った稀有な女性写真家の才能が、ほんの一瞬でも花開いた幸運、そしてその一断面であろうとも今、鑑賞できる奇跡に感謝せずにはいられない。間違いなく、エディット・デューダー・ハートは才気あふれる写真家だったのだ。


●DATA
Auf Ediths Spure (Tracking Edith)
2016年オーストリア=ドイツ=ロシア=イギリス映画
監督=ペーター・シュテファン・ユンク
ドキュメンタリー映画

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