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zoom RSS REVIEW 『人生フルーツ』

<<   作成日時 : 2017/05/23 22:52   >>

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「旦那が良ければ、回り回って妻も良くなる」。戦前、老舗の造り酒屋の一人娘としてこう教育を受けて育った英子が、初対面のときの修一の印象を今でも覚えているのは、英子にとって修一は忘れがたい初恋の相手だったのだろう。ボート部の主将で草履履きという彼の気取りのなさは、終生変わらない。その修一も、著作の出版記念サイン会のため訪れた台湾で、地元のメディアに問われて、こう応える。「彼女は最高のガールフレンドだ」

まるで庭の草木が時を重ねて芳醇な果実を実らせるように、彼らの夫婦関係もいつしか“同志”のような絆へ深まっていった。「人生は老いるほどに美しくなる」。今、夫妻が耕す庭の畑には70種の野菜、50種の果実が実る。夫婦の年金支給日に、英子は市場に出掛け、1か月分の食材を買い込む。売り手の“顔”を見て、商品を吟味し、手をかけて保蔵に努める。日々の食事は言うに及ばず、食卓に並ぶガトーショコラもみたらし団子もプリンもすべて英子の手作りだ。そんな妻の心づくしを夫は口に運んで、相好を崩す。彼らの60年の“里山暮らし”は、余人には窺い知れない稀有な夫唱婦随の稀有な証左だ。

彼らの「外のものは食べない」信条は生半可に実践できるものではないが、それが私の眼にはごく自然な当たり前の日常のように映るのもまた、60年余もの間、積みあげてきた夫妻の歳月の賜物だろう。スプーンでさえ金属製ではなく木製を使う修一は、英子が懇意にしている店主たちの心尽くしへ感謝を表するかのように、愛らしくも素朴な絵手紙を送る。これは利便性を追うばかりで失われた、人と人とのたしかなコミュニケーションであり、大量消費の現代社会とは一線を画する“顔の見える”遣り取りは、今となっては贅沢な時の使いようであり、私自身、反省で身につまされる。しかしそれは、他人には押し付けないが、私たちはこう生きるという夫婦のしなやかな選択の結果にすぎない。

化学調味料や保存料が加えられた食材が将来、人体にどのような影響を与えるのか、神のみぞ知るだ。英子は、手作りの煮物や炒め物を保存袋に詰めて、ダンボール箱で孫の住居に贈る。英子は言う。「これで“外のもの”を食べないでいてくれればいいけれど」。決して自己満足ではない。夫婦の“拘り”は次世代へのメッセージでもあるのだ。テラスにぶら下げた“干物”を野良猫が狙う。真に価値のある美味しさを知るのは、野生の生きものこそだ。

かつて修一は、高蔵寺ニュータウンの都市計画を自然との共存を念頭に置いたが、折しも高度成長期の“質より量”を重視する公団の方針を前に、あえなく“挫折”してしまった。ニュータウンに土地を購入し、自宅の周囲に雑木林を植えた彼らの自宅は、それから約半世紀が経ち、ウサギ小屋のように画一された団地の老朽化とは対照的に緑豊かな自然を育んでいる。しかし、この挫折を機に修一は建築家の第一線から退いた。その苦い記憶が、夫妻にスローライフへの実践に駆り立てたのだろう。彼らの一軒家は、時の風化に晒されることなく、威風堂々と存在感を誇示している。果たして、修一と公団のどちらが正しかったのか。彼が当時の小学生の子供たちに声を掛け、ニュータウンの“禿山”に植樹した成果は、今、美しい緑化となって私たちの眼に映える。

戦時中、軍人として戦闘機のデザインに携わった修一は、当時植民地だった台湾からの出稼ぎ労働者の寝泊まりする下宿に自ら住み込んで、彼らと生活をともにする。修一は人より一段高いところに立った“高みの見物”とは無縁だ。こうして友情を育み、“兄弟分”の絆を結んだ青年は、しかし戦後、帰郷して間もなく、政治犯として殺害された。台湾への旅を機に、彼の墓参を果たした修一は、その朽ち果てた小さな墓を前に号泣し、愛唱した“軍歌”を口ずさむ。普段、飄々と滅多に感情を露わにしない修一の内面に、大きな激情が渦巻いていると同時に、それが彼の決してたゆむことのない強靭な意志の根底にあることを垣間見させる瞬間でもある。そして修一は、友人が手作りした刻印を“遺品”として墓に供える。「いいことだけを考えて、悪いことは言わない」。彼らの人生観は、達観では成り得ない。若かりし頃の後悔や失意があってこそ、今の彼らの人生を培っていったのだ。まさに“人生は時を重ねることで美しくなる”のだ。

「自分でやれることをコツコツやると、何か見えてくる」。その修一の言葉が、英子に実感として胸に沁みるのは、夫の亡き後だ。畑仕事の後、昼寝するように大往生を遂げるとは、実に修一らしくてあっぱれと賛辞を贈りたい程だが、ひとり残された英子にとって終生のパートナーを失った欠落感はいかばかりだろう。老いたとはいえ、二人だからこそ“コツコツ”と積みあげられたこともあっただろう。それでも彼女は、「お父さんに叱られるかな」と苦笑しつつ、雑木林を刈り込み、できることを自制しながら、これまでと変わらぬ営みを日々コツコツと続ける。

修一の死の直前、彼が「高蔵寺ニュータウン」で念頭に置いた自然と人間と共生の暮らしは、九州の精神病院の設計で実を結ぶことになる。心を痛めた人々の集うこの病院を自然の風がさわやかに吹き抜ける。“最後にいい仕事ができた”と病院のスタッフに手紙を綴った修一もまた、かつて経済至上主義に心を疲弊させたひとりだったのかもしれない。愛知県で試みた挑戦が、60年後、ようやく遠い九州の地で実践される。

時は誠実に生きる人々への優しい回答者でもある。自然災害や異常気象は、まるで自然を牛耳れるように勘違いした傲慢な人間たちを諫める反乱のようにさえ思える昨今、畑を耕し、枯れ葉を堆肥として自然に帰すことで、未来の土を豊かにする、津端夫妻が営んだこの自然との共存は、来る世代の人々の理想となるだろう。すずめのための石造りの水置きが割れて、悔し涙に暮れた夫妻の娘たちが、彼女たちの手でそれを修復し、再び往時のような日の目を見させるように、その種はあちらこちらに撒き散りばめられているからだ。

●DATA
2016年日本映画
監督=伏原健之
ドキュメンタリー映画
配給=東海テレビ放送
2017年1月2日よりポレポレ東中野ほかにてロードショー

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