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help リーダーに追加 RSS REVIEW 「ME AND MY GIRL」 Part.3

<<   作成日時 : 2008/08/11 01:42   >>

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遼河はるひは持ち前の長身に、苦労知らずのジェラルドの
お坊ちゃまぶりをおおらかに体現するが、
エンジンのかかりが遅いのだろうか、
開巻の「ヘアフォード邸」でのジャッキーとの長台詞の応酬が
胴間声の一本調子でノリが悪い。
強烈なジャッキーの野心に比べて、茫洋としたキャラクターが掴めない。
それがやがて、パーチェスターの「家付き弁護士」では
誰よりも高らかに笑って異彩を放ち、
「ランべス・ウォーク」では屈託なく陽気にはじける。
にもかかわらず、第2幕の「ヘアフォード・ホールの庭」では
素朴だけではないジェラルドの不遜ささえ覗かせ、情感豊かだ。
ジェラルドはジャッキーに主導権を握られているかに見えて、
ジャッキーの引き立て役に収まっては面白くない。
一方で、決して容易いとは思えない幕開きの歌唱、
「ヘアフォードの週末」「太陽が帽子をかぶってる」の
それぞれのソロには安定感があり、物語の水先案内役として
ジャッキー役の明日海りおとともに存在感を示した。
そして、そのジャッキー役の明日海は、出色の出来だった。
自由奔放、大胆不敵なジャッキーを男役らしいスケールあふれる演技で体現し、
いわゆる憎まれ役を体当たりで演じたのだろう、
下級生らしいみずみすしさがジャッキーの愛らしさとして花開いた。愛嬌たっぷりで嫌味を感じさせない。
オープニングから、ジェラルド役の遼河を喰う勢いで、
歌唱も女の媚を振りまくような語尾も計算づくに違いない。
とりわけ、開巻の「自分の事だけ考えて」は強烈なインパクトで、
桐生園加、青樹泉、星条海斗、龍真咲、光月るうの若手男役の中で華やかな輝きを放ち、
男役に担がれてのリフトは、まさにゴージャス。
それでいて、「あなたは私に夢を見させる」では緑のガウンに脚線美を覗かせ、
ビルに色仕掛けで迫るが、それがもともと男役の特性か、あっけらかんといやらしさがないのがいい。
キャスティングの妙だが、明日海自身、舞台度胸があるのだろう、
第2幕第1場「ヘアフォード・ホールの庭」で、台詞を喋りながら舞台から退くその瞬間、
クリケットの赤いボールを落とすアクシデントが発生。それを動じる素振りも見せず、
球を打ちながら幕に引っ込む機転を見せ、場内は爆笑と拍手に包まれた。
また、「ランべス・ウォーク」の客席降りでは私の席のすぐそばに明日海が降りてきたのだが、
あちらこちらで客席に“ちょっかい”を出す演者たちの中で、
あくまでもジャッキーとして嫣然と振舞っている姿に少なからず好感を抱いてしまった。
大抜擢に見事に応えたといっても間違いないだろう。
果たして、男役として「トップへ上るの」となるのか、これからも期待したい。

それにしても、イギリス貴族というものは、
酔っぱらわないとプライドに本音を押し殺すことができないのだろうか。
妻がたしなめるほどのアル中のバターズビー卿も、かつてはそうではなかったはずだ。
彼もまた貴族の規範に従い、愛のない結婚をした犠牲者のひとりかもしれない。
彼も耐えられない現実から酒に逃避したのだろう。
ジョン卿もまた、サリーには「あの魔法使いのばあさん」などとマリア公爵夫人の悪口を吹き込むものの、
30年以上の付きあいになるというのに、いざ面と向かうと、
酒の力を借りないと、戦艦のような彼女に立ち向かうことができない。
マリア公爵夫人は信念の人だ。とはいえ、さすがの彼女も、
自分の甥がランベス育ちの行儀知らずだと知って、一度ならずとも落胆したに違いない。
けれども、ビルだけが今は亡き彼女の兄の血を引く唯一の息子であり、
累々と続くヘアフォード家の後継者だからこそ、
マリアは亡き兄に成り代わって、ビルを後継ぎに相応しい人物へと育てあげようとするのだ。
それは、マリア公爵夫人にとってなさねばならぬ義務なのだ。
ゆえに、マリアは彼をビルではなく、ヘアフォード家の誇りを込めてウィリアムと呼ぶ。
しかし、ランベスの匂いが染みついたサリーを拒絶する彼女の頑なさが、
ビルのサリーへの思いをいっそう強く確信させることを、マリア公爵夫人は知る由もない。

出雲綾は、まさに貴族の鑑のような、何事にも動じず、
人間の感情を捨てたような“怪物”、マリア公爵夫人を、気位高く、かつ雄々しく演じる。
出雲のマリアからは、だらしない一族の男たちに代わって、
長年の間、ヘアフォード家を牽引してきたことが判る。
と同時に、自分がその役を担わないと、一族がダメになると思い込んでいるフシも窺える。
出雲は高音から低音までさまざまな声音を駆使して、
いっこうに貴族の流儀に染まらないビルを、時になだめすかし、時に凄味たっぷりに叱責する。
そして、それは「ヘアフォードの歌」で先祖代々を引き連れてのコーラスでも顕著だ。
出雲のソプラノが、酔っぱらったビルをさらに悪酔いさせる。
その“女ボス”の迫力は、「アーネスト・イン・ラブ」のブラックネル夫人のときの役作りとも似ている。
とはいえ、あまりに近寄りがたい厳格さがすぎて、
競馬場で大損をするような可愛らしさが想像できないのが、珠に瑕だ。
ビルのアマリラの冗談に応じるような女性には、とても見えないのだ。
だから、「愛なんて外国人の田舎者がするもの」とまで言い切ったマリアが、
ジョン卿にプロポーズされて、たちまち30数年前の少女の純情を浮かべても、唐突に思えてしまう。
それまでのマリアに愛の恥じらいが感じられないからだ。
本作で退団の月組組長の出雲にとって、ラストでウェディングドレスに身を包むこの役は、
まさに餞には相応しいが、さすがに霧矢大夢に寄り添う姿がしっくりしないのは辛い。
とはいえ、サリーが去って以来、落胆するビルのことを気遣い、
いっそのことサリーが戻ってきてくれればいいと思うのは、
義務感を脱ぎ捨てたマリア公爵夫人の人間としての本音なのだろう。
しかし、それまでは、そんなマリアの優しさは、そう感じられない。
一度は、「叔母にキスしなさい」と命令したマリアが、ビルに「甥にキスしてください」と返され、
穏やかな表情でそれに応じる。それがマリア公爵夫人の素顔なのだろうけど、
貴族のプライドを失わない程度に、それが随所に垣間見られればもっと良かった。
押しつけの愛情では、決してひとの心を動かさない。
とはいえ、マリアが淑女としてヘアフォード邸に戻ってサリーを目の当たりにし、
それが「ビルの仕業だ」と叫ぶとき、一方で、型物に思えたジョン卿にも優しさがあることを知り、
心ほだされるのだろう。ジョン卿がマリアをやりこめるために企んだサリーの教育は、
むしろマリアが望んでやまないものの、プライドが許さなかったため実現しなかった
ビルの幸福の後押しとなったからだ。そこからも、マリアとジョン卿は互いに足りないものを補いあえる、
ビルとサリーに負けずとも劣らぬカップルであることが判る。

パーチェスターの未沙のえるは、まさにキャリアの賜物だ。
外見からも漂う家付き弁護士の一筋縄ではいかない老練さが、ユーモラスなアクセントを生む。
決して本音は言葉にしないものの、お屋敷の女主人マリア公爵夫人に従っている風を装う内心では、
ジョン卿に共感を寄せているというのも、“狸オヤジ”パーチェスターのしたたかさだ。
そんなパーチェスターが、「家付き弁護士」のソロで軽やかなステップを見せ、
「ランべス・ウォーク」ではひときわ派手に踊りまくる。
そのおとぼけこそがパーチェスターの素顔であり、どこまでも生真面目な表情を手放さない未沙が、
ここぞとばかりに崩れれば崩れるほど、観客の含み笑いが爆笑に変わる。
第2場の「図書室」のシーンで酔っ払った瀬奈じゅんと霧矢に挟み撃ちにされる身長差が効果的な対照を見せ、
「家付き弁護士」のイントロが流れるだけで、場内のあちこちらから笑いが巻き起こる。
弁護士の謹厳実直な素顔とのズレのおかしさは、未沙ならではの妙味だ。
劇場がほんわかとした温かさで包まれる。(続く)

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