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help リーダーに追加 RSS REVIEW 「ME AND MY GIRL」 Part.2

<<   作成日時 : 2008/08/11 00:56   >>

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そうしてサリーは、ビルが自分とは住む世界が
地球の端と端ほど違うことをビルに判らせようと、躍起になる。
「どうして、そんなに自分をいじめるのか?」。
ジョン卿の問いかけに、サリーは「判らない?」とポツリ応えて、
「あなたの心を一度なくすと」を歌うが、
内心、ビルが自分の前から姿を消す時が来るのが怖いのだ。
それならいっそ、自分から身を引いて、ビルを彼のルーツに戻らせよう。
そのほうが諦めがつく。「苦い顔をして、スマイル」でいい。
けれど、ならばサリーはエゴイストだ。
ヘアフォード家の暮らしに、場違いな思いを噛みしめているのは、
サリー自身なのだ。
ランベス育ちとはいっても、ビルはヘアフォードの血を引いている。
それは数日間のビルの変化からも明らかだ。
あのビルがスピーチの原稿を考えるなんて、
今までならあり得なかったことだ。
それなのに、ビルがサリーに見せる屈託は変わることがない。
サリーにとって、そんな押しつぶされそうなコンプレックスが
ジョン卿の心優しき提案に応じる決意となる。
もしかしたら、自分も紳士のビルに相応しい淑女に生まれ変われるかもしれない。
「正しい扱いを受ければ、心が動かされがちになる」というわけだ。

本作が退団公演となる彩乃かなみは、ビルなくしては生きていけないだろうサリーの健気を、
瀬奈じゅんとの息の合ったコンビぶりで観る者に印象づける。
ビルに身体をくすぐられ声をあげて笑う無邪気さ。
ビルがヘザーセットから「御前様」と呼ばれたときのからかうような微笑み。
サリーの可愛らしさは、ビルとともにいることで強調される。だから、観客もふたりの幸福を願うのだろう。
「ミー&マイ・ガール」のふたりのデュエットは伸びやかで、
彩乃の情感豊かな歌声は、観る者の心をたちまち幸せな気分に誘う。
タップの軽やかさはビルとサリーの胸弾む関係を想起させ、
悪戯っぽくテーブルクロスから顔を覗かせるふたりからは、
人生をともに愉しむ似た者同士であることが伝わってくる。
「私の手を握って」の素朴な歌詞さえ、ふたりの心情があふれ、胸が熱くなる。
あまりに切なく、朗々と感傷的な「あなたの心を一度なくすと」は、
物語から突出した彩乃のコンサートのような美しさで、サリーにはいささかそぐわない。
むしろ、「ランべス・ウォーク」や「顎で受け止めて」での巧みに裏声を使っての大胆な歌唱に、
サリーらしい活きの良さを感じさせる。これぞ、彩乃の真骨頂だ。
辛いことが起きても、笑顔で受け流す。「ガタガタしても死ぬのを待つだけ」は、サリーの本質だ。
そんなさっぱりとした性格にもじわり沁みこむ愛の切なさが、共感を誘うのだ。

ジョン卿がほのめかすヒギンズ教授とピカリング大佐の「マイ・フェア・レディ」への目配せも、
観る者に当時の英国の情緒を誘うはずだ。
果たして、イライザよろしく純白のドレスで淑女として生まれ変わったサリーが邸に現われる。
羽扇に顔を隠した彩乃の表情には、ビルの真意を探るサリーの心細さとは裏腹な自信がみなぎり、目を奪われる。
そして、サリーと相対したビルは、マリア公爵夫人の“教育”による付焼刃的な貴族の衣を
スーツケースとともに放り投げて、ランべス訛りでこう叫ぶのだ。「この野郎!今までどこにいやがった!」
いかなる教育も、その人の人間性の本質までも覆すことはできない。
美しく生まれ変わったサリーを見ても、ビルの心の目には昔と変わらない彼女の
真実の姿が映っているのだろう。ビルは先入観や偏見とは無縁だ。
そして、ビルもまた先祖のアーミーを身にまとって、ロブスターの物真似をし、
床に腹ばいになって水泳選手になりきって見せる、そんな屈託のなさが、彼の真実なのだ。

サリーの前で懸命にふざけてみせるビルは、激変する環境の中で、サリーに自分たちは変わらない、
どこまでもふたりは「俺と、俺の女の子」であることを、誠実に訴えたかったのかもしれない。
ナイーヴなビルには、そうすることでしかそれを証明することができない。
けれど、鈍感なサリーはそんなビルの真意に目を背けたまま、
ついにビルに酒をあおらせて、マリア公爵夫人と“膝詰談判”する決意をさせる。
真剣なシチュエーションを茶化さずにはいられないタイプのビルは、
面と向かって人と議論するのが最も苦手なのに違いない。
それでも、そこまで彼を衝き動かすことが、ビルのサリーへの
何ものにも代えがたい愛情の証明なのに、サリーだけがそれに気付かない。
一方で、そんなビルのヴィヴィッドな人間性の躍動が、
ヘアフォード家の“くだらない貴族”たちの本音に火をつけることになったのが面白い。
ジョン卿は、ビルとウィスキーを酌み交わして、べろんべろんに酔っ払い、
「愛が世界をまわらせる」をビルとデュエットした直後、
マリア公爵夫人に30数年余に及ぶ愛を打ち明け、プロポーズするのだ。
そして、実直にジャッキーに愛を告白するだけだったジェラルドは、ビルの一言
「あの女が張り飛ばしてもらうのは顔じゃないんだ。
それをやった最初の男と、彼女は結婚するよ」に刺激を受けて、ジェラルドへの愛を目覚めさせる。
このSM的な愛の象徴も意味深だ。ジェラルドもこう言う。「何があったか誰も判らないだろうなぁ」。
ビルに言わせれば、「お気の毒」な結末に、ふたりがいかにして辿り着いたかは、
ジェラルドに殴られて、「ああん」とため息を漏らすジャッキーのあえぎ声を幕の裡から聞かされるだけで、
観る者には一切、明かされない。綺麗事でいえば、ジャッキーの心を打ったということなのだろうが、
これもまた冒頭に記した男女の“セックスの疼き”に他ならない。

霧矢大夢はジョン卿という老け役を、口髭ひとつ付けただけで貫禄を示し、
自由自在な芸達者ぶりを発揮した。マリア公爵夫人がビルに施す貴族教育に懐疑的でありながら、
サリーの彼へのけなげな愛情に、いつしかふたりの幸福を願うようになる。
そうして、当初はビルをヘアフォード家から放逐することを願っていたジョン卿が、
サリーともどもふたりを一族に迎え入れる決意をするのも、
ふたりが彼ら貴族よりも“高貴な心”を持っていることを痛感したからだろう。
ジョン卿は、マリア公爵夫人との“戦争”を開始するのだ。
霧矢はそんなジョン卿の人間としての“成長”を、ビルとサリーを見つめる穏やかな眼差しに映し出す。
第1幕第4場「パブ『ヘアフォード・アームズ』」での自虐的なサリーへの
「どうして自分をいじめるのだね?」の一言には、
他人のことなど無関心のように思えたジョン卿の心が揺らぐ瞬間として胸に沁みた。
そう、これまでのジョン卿は、すべてにおいて無関心なのだ。
マリアへの愛情は言うに及ばず、幾度となくビルに懐中時計を掠め取られようと、
いっこう気づく素振りさえ見せず、長年、屋敷に仕えるパーチェスターの名前も知らず、
ヘザーセットの結婚式に出席したことも覚えていない。
そんなジョン卿の本音がはじける「愛が世界をまわらせる」の酔っぱらい演技は、
ジョン卿の人間らしい感情を爆発させる数少ない一場。
ジョン卿が本来持っているであろうのほほんとした大らかさを自然体で呼吸し、
霧矢の情感あふれる歌声と瀬奈との遊び心たっぷりの攻防は見応え充分、
ふたりの“デュエットダンス”は好対照な男役の相乗効果で、大いに笑わせた。
ここでも懐中時計がオチとなるのも芸が細かい。(続く)

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