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help リーダーに追加 RSS REVIEW 「第19回東京国際映画祭」コンペティション Part.1

<<   作成日時 : 2006/10/29 04:04   >>

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『魂萌え!』『考試』(写真)『グラフィティー』

『魂萌え!』
敏子は、夫が勤勉なサラリーマンを送っていると信じ込み、
実直な主婦として日々を過ごしてきた。
妻と母の安心感に胡坐をかいていたのかもしれない。
そんな彼女の単調な生活のアクセントとなるのが、
お昼の洋画劇場だ。それが、映画の後半で
絶妙な伏線となって観る者の心にじわり甦る。
敏子と、夫の愛人、昭子との対峙は、
まるでホラー映画のようなおどろおどろしさだ。
慇懃無礼の無表情に本音を押し隠す昭子は、
明らかに敏子より世慣れ、
敏子は彼女に返す言葉さえうまく口から出ない。
結局、それまで存在すら知らなかった得体の知れない“怪物”に
おっかなびっくり手を出しても、
敏子の知りたい本質は肩透かしのように彼女の手をすり抜けていく。
それは言うまでもなく、夫との昭子との関係であり、彼女の知らない夫の本質である。
しかしその一方で、敏子は夫が退職の夜、彼女の手を握って何を言ったのか、
3年経った今、思い出すことができない。その焦燥が彼女の不安を増幅させる。
夫を偲ぶ蕎麦の会で出逢った塚本と初対面でアバンチュールを持つのも、
彼女自身の迷いを紛らわせる行為にすぎないのだろう。
そんな敏子の性を単純に女の自立とは結びつけない阪本順治監督の知性が嬉しい。
監督は、敏子の世代の女性たちへ信頼感あふれる眼差しを注ぐ。
これまで安住していた“関口さんの奥さん”を払拭するように、自宅を飛び出した敏子にとって、
“貞淑な奥さんが乱れるのを見たい”塚本と付きあうのは、屈辱でしかない。
したたか酔っ払い、新調したばかりのバッグの中に吐いた彼女は
電車の車窓から夜の闇を見つめてこう呟く。「この世の中…」。
そうして敏子の眼に、あの女性映写技師の白手袋が憧れのように映るのだ。
凛と背筋を伸ばした長身の彼女の白手袋の清潔感は、
敏子にとって揺るがせない働く女の自信の象徴となった。
カプセルホテルで出逢った老女しげ子は、天国から地獄へ波乱万丈な人生を歩みながらも、
それでもしたたかに彼女の人生を生きている。女の魂は傷ついても、決してやわではない。
高校時代からの女の友情も、些細な喧嘩を重ねながら、
40年近い歳月を紡いでいるではないか。今さら、怖いものはない。
井の頭公園でボートに乗って若者に説教する彼女たちの逞しさが鮮やかに思い起こされる。
それは、60歳を間近にした年齢だからこそ噛み締めることのできる女の実感だ。
だから、酔っ払った勢いに任せて、初老の映写技師に弟子入りする敏子の思いに迷いはない。
ラストの『ひまわり』はいささか掟破りの荒業のようにも思えるが、
これはひたむきにスクリーンに向きあう敏子への最大限の敬意としよう。
映写室から覗く敏子の白手袋は、夫はもちろん子供たちからも解放された敏子の自立の証だ。
まさにこれからの人生に「ハレルヤ!」なのである。

●DATA
Awaking
2006年日本映画
監督=阪本順治
出演=風吹ジュン、加藤治子、豊川悦司、三田佳子


『考試』
潔い映画だ。監督のプー・ジェンは、登場人物をただひたすら固定キャメラの長回し映像で
映し出すだけで、その行動に余計な説明を付け加えない。
それはこの映画の成立そのものと無縁ではないだろう。
本人役を演じる朴訥な素人俳優たちにキャメラを意識させることなく撮るという
演出テクニックから、煌く映像詩が生まれたのだ。
キャメラを遠く引いた位置から女教師と生徒たちを捉え、殊更“演技”を強調しない。
そうすることで、この村で生きることの日常の本質が淡々と、たしかな実感とともに浮かびあがる。
チュー先生は中国東北部の荒れた草地をただ黙々と歩く。
引きの映像からは、まだ容貌も年恰好も判然としないが、その安定感ある後姿からは
この道を何年も歩き続け、その道程をしっかりと身体に呼吸していることだけは、
台詞ひとつない映像からも読み取れる。果たして、教室のチュー先生は、
『あの子を探して』の新米教師にも増してぶっきらぼうだ。
机を囲むわずか5人の生徒たち。けれど、チュー先生はヴェテラン教師らしい落ち着きで、
個性豊かな教え子たちに対して愛情を持って接し、
生徒たちもその自然体ののびやかさに先生に全面的な信頼を捧げているのが、
微笑ましく眼に映る。この小学校が、全国一斉試験で毎年、好成績を収めているのも、
補習を重ねるチュー先生の指導の賜物だろう。
生徒の馬を探して道を歩けば、村人の誰からも尊敬とともに声をかけられる
チュー先生と夫の暮らしは、しかし決して裕福とはいえない。
しかも、利便性とはまったく無縁だ。望むものは右から左の都市生活とは比べるまでもなく、
都会に出た教師のふたりの娘たち、とりわけ腕を火傷した次女が
不自由な独り暮らしを余儀なくされたとしても、両親の暮らすこの家に帰りたくないと
強情を張るのも無理はない。先生にとっても、年頃の娘たちの将来は心配だ。
教師としての責務と母としての親心との葛藤が、
朴訥なチュー先生の逞しいが小さい身体にのしかかる。
そうして、往復8時間かけて都会まで答案用紙を取りに行った全国一斉試験で、
村長と生徒たちが招いた結果は、まさに“事実は小説より奇なり”の大胆な面白さだ。
この村にあるのはチュー先生への愛情だけだ。しかし、それこそが教育の原点である。
チュー先生の教師としてのありようは、日本では死語となった“聖職”と呼ぶに相応しい。
ラストシーン、家路へと別れゆく生徒のひとりが、彼らを見送る先生のもとへ立ち返り、
その耳元になにやら囁く。ここでもキャメラはふたりの姿を遠巻きに収めるだけだ。
そのとき生徒が何を言ったのか。そのとき、観る者の心に渦巻く思いと変わらないだろう。

●DATA
The Exam
2006年中国映画
監督=プー・ジェン
出演=チュー・フォンチン、ジョー・ハイツン、シー・ブオ


『グラフィティー』
アンドレイの顔がみるみる引き締まり、大人の知性をまとい始める。
それは演じるアンドレイ・ノヴィコフの俳優としての変貌と同義と思わせる真実味がある。
モスクワで路上アートに興じる画学生アンドレイは、典型的な今どきの若者だ。
自由奔放にやりたいように自己主張する。
そんな彼が、友人たちのイタリア留学を見送った後、思わず筆を執りたくなるようなのどかな田園風景。
そこで暮らす戦争の影を引きずった、奇矯だが愛すべき村人たちに接するうちに、
画家としての使命に目覚めてゆく。当初は何気ない肖像画の依頼にすぎなかったのが、
やがてそこに村人それぞれに悲劇を抱え持ったロシアの“戦争の世紀”が重なりあう。
その群像画こそが、イーゴリ・アパシャン監督の眼差しの凄みだろう。
アフガニスタン、そしてチェチェン。
紛争のたびに、この“中途村”から多くの若者たちが出征していったのだ。
そしてチェチェンの戦場から生命からがら生き延びた青年ミチャイ。
彼の顔に刻まれた深い傷跡と頬のケロイドは、爆弾によって浴びた心の傷でもある。
アンドレイは、そんなミチャイの“仕事道具”であり愛車でもあるバキュームカーをペインティングし、
色鮮やかなてんとう虫に生まれ変わらせる。
そしてそれを、いまだに彼が戦争のトラウマに悩まされている戦車の縦隊に突進させるのだ。
娼婦のマリアにひたすら不器用な純愛を捧げる“聖なる愚者”ミチャイが、
絵に描いた傲慢な成金の自宅に糞尿を撒き散らすのは、
たとえ戦争で傷を受けても、ロマンティストな彼の良心は健康なことを何より物語る。
不条理と非合理の日常をのほほんと生き抜くこの村の現実に戸惑うたびに、
アンドレイは、村の集会場に住み着き、好奇心旺盛なたかり屋クリージャから
辛辣な言葉を投げかけられる。いわばクリージャは、平和ボケのアンドレイの内面に
鋭いメスを差し込む象徴的な人物である。
一度は描きあがったものの、レイアウトにバランスに工夫を凝らすだけの
つまらない肖像画に白いペンキを塗りこみ、
アンドレイはもういちど戦争で命を失った老若男女の村人の姿を描き直す。
普遍的な青春の通過儀礼に加えて、アパシャン監督のこの物語がオリジナルなのは、
そんな近代ロシアの峻厳な歴史認識を忍ばせているからだ。
民主化となった現在のロシアの放埓な自由は、共産主義の時代の圧政や抑圧を耐えて、
ようやく獲得したものだ。“村の英雄”は決して村長や役人ではない、
戦いによって命を落とした数多くの無名の村人なのだ。
そうして、あっけなく命を落としたクリージャの墓に、
アンドレイはこの村で描いた最後の絵となる彼のスケッチ画を掛けてやる。
それは同時に、助言者亡き今、彼が自らの未来に立ち向かう決意表明でもある。
生身の人生と接することで、アンドレイは机上の技巧ではない、
絵を描く真髄を我が身体に息づかせた。
彼の肖像画を見て、涙を流した村人たちのことを、彼は生涯忘れないことだろう。
その思いが彼の画家としての原点となるはずだ。
そうして、この“中途村”は今も世界のあちらこちらに存在している。

●DATA
Graffiti
2006年ロシア映画
監督=イーゴリ・アパシャン
出演=アンドレイ・ノヴィコフ、ヴィクトル・ペレヴァーロフ、セルゲイ・ポタポフ

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